日本プロサッカーリーグ

日本プロサッカーリーグ(にほんプロサッカーリーグ、英: Japan Professional Football League)は、日本のプロサッカーリーグ。略称はJリーグ(ジェイリーグ、英: J.LEAGUE)。公益財団法人日本サッカー協会(JFA)傘下の公益社団法人日本プロサッカーリーグが主催する。

明治安田Jリーグ
Meiji Yasuda J.League
今シーズン・大会:
image 2025年のJリーグ
前身日本サッカーリーグ(JSL)
競技サッカー
創立1991年11月
代表image 野々村芳和(チェアマン)
開始年1993年
参加チーム60(J1:20、J2:20、J3:20)
国内カップ戦JリーグYBCルヴァンカップ
image 日本
連盟アジアサッカー連盟(AFC)
前回優勝
最多優勝
参加資格Jリーグクラブ
ライセンス制度参照
テレビ局特記事項参照
スポンサー#協賛団体参照
公式サイトJリーグ.jp
備考
インターネット配信業者DAZNが一次放映権を保有しており、インターネット配信を行うほか、Jリーグが各テレビ局に映像提供を行っている。

明治安田生命保険とタイトルパートナー契約を結んでおり、「明治安田Jリーグ」と称している。

概説

1993年に10クラブで開始し、1998年までは1部のみの「Jリーグ」として最大で18クラブによって開催された。1999年から「Jリーグ ディビジョン1」(現:J1リーグ/J1)と「Jリーグ ディビジョン2」(現:J2リーグ/J2)の2部制に移行、2014年に「J3リーグ」(J3)が創設され3部制に移行した。J3リーグは日本サッカーのリーグ構成上、アマチュア最高峰の日本フットボールリーグ(JFL)と同格と位置付けられており、J1・J2とJ3とでは参加要件やスタジアム規定等の面において差別化が成されている。

2024年シーズン開始時点で、日本国内の41都道府県に本拠地を置く60クラブ(J1・J2・J3各階級とも20ずつ)が参加、また、JFLなどのカテゴリーに属するJリーグ百年構想クラブが4クラブ認定されている。リーグ構成については日本サッカーのリーグ構成 (1種)を参照。

アジアサッカー連盟(AFC)主催のクラブコンペティション(AFCチャンピオンズリーグなど)にはJ1リーグの上位に出場権が与えられている。2024年シーズンの結果に基づく出場枠については、基本的にJ1リーグの上位3クラブ(前年のAFCクラブコンペティションの結果により変動あり)がAFCチャンピオンズリーグエリートに出場する。

理念と活動方針

Jリーグでは、次の3つの理念を掲げている。

  • 日本サッカーの水準向上およびサッカーの普及促進
  • 豊かなスポーツの振興および国民の心身の健全な発達への寄与
  • 国際社会における交流および親善への貢献

また、次の内容の活動方針を掲げている。

  1. フェアで魅力的な試合の開催
  2. スタジアム環境の確立
  3. 地域交流の推進
  4. フットサルの普及
  5. サッカー以外のスポーツの推進
  6. 障がい者スポーツの推進

この活動方針は、Jリーグの3つの理念を実現するための方法とみなせる。

クラブ名称表記

Jリーグでは地域密着の観点から、チーム名及び呼称に必ず地域名を含めるよう求めている(Jリーグ規約第31条第1項)。また、新規参入クラブがJリーグに加入する際にはその名称について理事会の承認を求めており(Jリーグ規約第31条第2項)、運営母体となった企業名等をチーム名に含めることを原則排除している。一方で、クラブ運営法人に関しては当初より企業名の排除を求めておらず(柏レイソルの運営法人である「日立柏レイソル」、ヴィッセル神戸の運営法人である「楽天ヴィッセル神戸」など)、JSL時代の実業団チームからJリーグクラブへの過渡期においては、日本サッカー協会に登録した正式チーム名について企業名を冠した運営法人名を使用した「読売日本サッカークラブ(読売ヴェルディ)」(ヴェルディ川崎)、「三菱浦和フットボールクラブ」(浦和レッズ)、「東日本JR古河サッカークラブ」(ジェフユナイテッド市原)、「全日空佐藤工業サッカークラブ(ASフリューゲルス)」(横浜フリューゲルス)、「パナソニックガンバ大阪」(ガンバ大阪)、「日産FC横浜マリノス」(横浜マリノス)といった登録名を用いていた時期がある。

このことについて、Jリーグ初期のころ、報道等における企業名排除を求めた初代チェアマン・川渕三郎と、(日本プロ野球のような)企業名を冠するチーム名表記を求めた読売新聞主筆・読売巨人軍会長などを歴任した渡邉恒雄が対立した「川渕・渡邉論争」という問題が起きた。渡邊は「Jリーグの理念は空疎だ」として、企業名を排除し、地域名を重視するのは現実離れしていると主張したもので、実際1994年のゼロックススーパーカップまでは読売新聞系メディアではヴェルディ川崎を「読売ヴェルディ(川崎)」と企業名を出して報道していた。この「川渕・渡邉論争」について、川淵は「あの論争があったからJリーグの理念が世間に広まった。今は感謝の気持ちしかない」と述べている。

2024年9月30日に公開されたJリーグ公式YouTubeチャンネルの動画内で第6代チェアマンの野々村芳和と対談した川淵 は、チーム名に企業名を記すことを禁じた規約はリーグ発足当初からなかったことに触れ、リーグ発足にあたって読売グループの他、ガンバ大阪の親会社・パナソニックら複数の出資企業が企業名排除に反対していたものの、当時のマスコミの論調に乗る形でチェアマン権限で押し切ったことを明かし、「これ(企業名外し)がなくちゃ、もう絶対成功しない。間違いなく成功しなかった」と述べた。一方で、ジェフユナイテッド市原の名称である「ジェフ」(JEF) が出資元である東日本旅客鉄道 (JR East) と古河電工 (Furukawa) のイニシャルに由来していることは承知しており、「ジェフと言ってもJR東日本と古河電工だって思う人は誰もいない。愛称と言うことで決めた」「例えばコカ・コーラ (Coca-Cola) が参入して、CC何とかというチーム名にするとなったときに、それをコカ・コーラと思う人はいないのと同じ」と、企業名に由来するイニシャル等であっても直接企業を連想させるものでなければ容認して良いのではないかとの私見を披露した。

なお、大宮アルディージャが2025年シーズンからチーム名を「RB大宮アルディージャ」に改称する際も、「RB」は親会社となったRed Bull GmbHの略称ではなく「Rasen Ballsport」(「芝生の球技」を意味する造語)の略語と説明している。ドイツ・ブンデスリーガにおいてもJリーグ同様、企業名をチーム名に入れることを原則認めていないため、レッドブルが主要スポンサーとなっているRBライプツィヒにおいても「RB」は「Rasen Ballsport」の略であると説明している。

設立経緯

日本におけるサッカー競技は、アマチュア主体の全国リーグである日本サッカーリーグ(JSL)が1965年に創設され、1968年日本代表のメキシコ五輪銅メダル獲得もあり、一時的に人気を得たが、その後の日本代表の成績不振もあり、長らく観客動員は低迷した。1980年代にプロ化を視野に入れた読売クラブ×日産自動車は観客を集めたものの、総じて日本リーグの人気は停滞し、マスメディアにも大きく扱われるほどの存在ではなかった。JSLや日本サッカー協会(JFA)ではその様な状況を打破しようと、1982年からリーグ主導の試合開催から、各チームが試合を主催する「自主運営」に移行したり、1984年には釜本邦茂の後ろ向きヌードポスター『格闘技宣言。』、1985年には明石家さんまの上半身裸のポスターを製作するなど、人気回復に向け模索を続けていたが上手くいかなかった。日本サッカーのプロ化としては、1968年に日本代表がメキシコ五輪で銅メダルを獲得した後、当時の日本蹴球協会(日本サッカー協会)会長・野津謙が将来の"プロ化導入"を目指して読売新聞社社主の正力松太郎にプロサッカーチームの創設を依頼したり、1977年に西ドイツブンデスリーガで、日本人初のプロサッカー選手となった奥寺康彦が、1986年に帰国し古河電工に復帰する際、森健兒が導入したスペシャル・ライセンス・プレーヤー制度により奥寺、木村和司を始め、翌年からはJSLの多くの選手がプロになっていた。また1986 FIFAワールドカップ・アジア予選で、ワールドカップ出場まであと一歩まで迫りながら、韓国代表に敗れ出場を逃した日本代表の森孝慈日本代表監督が、「(プロ化を先んじていた)韓国に追いつくには日本にもプロを作るしかない」と訴え、長沼健サッカー協会専務理事に自身のプロコーチとしての契約を要求したが拒否され辞任したことがあった。

1980年代後半は、プロとアマチュアの選手が混在し、サッカー協会はプロ選手を認めているのにもかかわらず、リーグはアマチュア、日本代表の試合もアマチュア基準に合わせるという歪な状態が続いた。

このような流れを受け、翌1988年3月にJSL総務主事・森健兒、JSL事務局長・木之本興三を中心として設置した「JSL第一次活性化委員会」が、実質的な「Jリーグ」のスタートと見られる 。Jリーグ公式サイトの「Jリーグの歴史」、J.League x JFA公式サイトの「サッカーで振り返る平成史」でも、この1988年3月「JSL活性化委員会」設置をその始まりに置いている。『サッカー批評』は「JSL第一次活性化委員会」を"実質的なプロ化検討委員会の創設"と評している。「JSL第一次活性化委員会」は、6回目の1988年7月21日に、森が「現状改革を進めながら、トップリーグを商業ベースによる事業化を志向した『スペシャルリーグ』(プロリーグ)にすることを検討する」という結論を出し、最終報告書をまとめて日本サッカー協会の理事会に提出した。1988年8月に森の後任として川淵三郎がJSL総務主事となり、同年10月に川淵が「JSL第二次活性化委員会」を設置。サッカー協会内部では“JSLの活性化”では意見が一致し、長沼健や岡野俊一郎ら幹部の中には本音ではリーグをプロ化したいと考える者もいたが、ペレのいた北米リーグが失敗した例もあり、まだまだ“リーグのプロ化”に対しては親会社から出向してきた当時の1部リーグに所属する実業団チーム出身の役員達を中心に「プロ化は時期尚早」や「プロ野球の球団ですら赤字経営なのに、サッカーではまともに採算が取れる訳がない」などの意見が「JSL評議委員会」で大勢を占めた。実業団チームのほとんどは、サッカーを福利厚生の一環と考え「プロ」という言葉に反発を感じる人は少なくなかった。川淵は「活性化委員会」の議論をJSLではなく、日本サッカー協会(JFA)に移さなければ何も始まらないと判断し、翌1989年6月に「JSL第二次活性化委員会」を解散させ、日本サッカー協会の副会長になっていた長沼健に要請し、JFA内に「プロリーグ検討委員会」が設置された。保守的な日本サッカー協会理事会の承認を得るために「検討」という文字が付いていたが、実際には関係者の間では、既にプロリーグの発足は既定の方針として固まっていた。やりようによってはプロリーグが出来るという段階まで来たのはこの「プロリーグ検討委員会」が設置されたときである。文部省体育局の向井正剛が承認し、プロリーグ構想は具現化され、1991年7月1日、新プロリーグの正式名称を「日本プロサッカーリーグ」とし、愛称を「Jリーグ」とすることを発表、日本初のプロサッカーリーグの「日本プロサッカーリーグ」(Jリーグ)が発足した。「Jリーグ」という呼称は、博報堂が提出した複数の案の中から川淵が気に入り採用に至ったもの。博報堂は「釜本のポスター」からJSLと接点を持っていたが、当時は会社のビジネスではなく、個人のネットワークを生かした手伝い程度の物で、電通がペレの引退興行を始め、サッカー協会に深く入り込んでいて入る余地はなかった。しかしプロサッカーリーグに関しては電通は「実現性が乏しい」と判断していたといわれる。Jリーグを博報堂が手掛けることになったのは長沼副会長からのリンクといわれる。

1986年6月のメキシコワールドカップ開催中の会見で、FIFAの第7代会長・ジョアン・アヴェランジェから、1998年か2002年をアジアでのFIFAワールドカップ最初の開催地として日本が念頭にあるような示唆を得て、1989年11月、正式にFIFAに2002 FIFAワールドカップ日本開催の意思を伝える。日本がワールドカップを開催するにふさわしい国であることを証明するためにも、FIFAの要求を満たすスタジアムの建設などの他、日本代表のワールドカップ初出場を念頭に置いた強化とそれに伴うプロリーグ創設、成功が不可欠となった。ワールドカップはオリンピックとは違い、全国展開のため、拠点拠点にFIFAの要求を満たすスタジアムを造らねばならず、ワールドカップの招致とプロリーグ創設を結び付けた。サッカー協会内の慎重論から川淵らを後押しした長沼は、「プロリーグの成功とワールドカップ誘致は、車の車輪であると認識した。同時並行で推進しなければ、片方がつまずけば両方ころぶ。幸いバブル経済の余韻が残っていた時期に、Jリーグのスタートが間に合った」と述べている。また、あれほど弱かった日本代表が、Jリーグ開始前に突然強くなったこともJリーグ人気を後押しした。Jリーグが創設されると川淵がJリーグチェアマンとして、日本代表の強化委員長としてマスメディアに盛んに露出し脚光を浴びたため、Jリーグは川淵が作ったかのようにイメージが付いた。プロリーグの創設は、日本のサッカーを盛んにしたい、強くしたいという多くの人たちの長年の仕事の積み上げにより作られたものではあるが、最後の一歩は川淵のバイタリティ、強引さが大きな原動力になった事も事実ではある。しかし、森健兒と木之本興三は、不毛状態が続いた日本サッカーリーグ時代から長きに渡りプロ化を考え、その運営に携わっていて、川淵は日本サッカーに絶望し、一時サッカー界から離れていた時期があり、後から入って来た川淵に手柄を取られたようで面白くなかった。川淵は最初にプロリーグの話を聞いたときも「バカじゃないか」と思ったと話しており、森の後任でJSL総務主事に抜擢された際も、木之本から「プロ化する気持ちがないなら来ないで」と言われたほどで、森は「プロ化の道筋をつけてから川淵さんにバトンタッチした」と述べている。特に木之本にとって川淵は古河電工でのかつての上司でもあり、当初の関係は悪くはなかったが、2002 FIFAワールドカップ後、読売新聞に次期チェアマン候補として木之本の名前が出ると、急に木之本と川淵の関係が悪くなった。川淵の後任チェアマンには鈴木昌が就任したが、木之本は「公平な立場でなければならないチェアマンにクラブ出身の社長はまだ早い」と反対したら、鈴木と川淵からJリーグ専務理事・JFA常任理事と、Jリーグ映像他、Jリーグ関連の子会社の社長を解雇され、Jリーグ及びJFAから追い出された。森、木之本の二人と川淵の間に確執が生まれ、この恨みからか『日刊ゲンダイ』などのマスメディアで川淵を批判した。

1992年には前哨戦として、ヤマザキナビスコ(現・ヤマザキビスケット)をスポンサーとし第1回のJリーグヤマザキナビスコカップが開催された。

沿革

  • 1988年
    • 3月、JSLによって日本サッカーリーグ事務局内に第一次JSL活性化委員会が組織される。
    • 7月、第一次JSL活性化委員会による第一回報告書が日本サッカー協会へ提出される。
    • 8月、川淵三郎がJSLの総務主事に就任する。
    • 10月、第二次JSL活性化委員会が組織される。
  • 1989年
    • 6月、第二次JSL活性化委員会による最終報告書が日本サッカー協会へ提出される。
  • 1990年
    • 3月、ホームタウン制、ホームスタジアムの確保、拠出金などJリーグ参加条件の詳細が決定される。
    • 6月、日本サッカーリーグ参加クラブへJリーグ参加の要請が行われ、20団体からプロリーグ参加希望の返答。
    • 8月、プロリーグ検討委員会が組織される。
  • 1991年
    • 2月、発足時に加盟する10クラブが発表される(オリジナル10参照)。
    • 3月、プロリーグ設立準備室が組織され、川淵が室長に就任。
    • 7月、プロサッカーリーグ設立の報道発表。正式名称、ロゴマークなどが発表される。
    • 11月 、「社団法人 日本プロサッカーリーグ」設立。初代チェアマンに川淵が就任。
  • 1992年
    • 3月29日の最終節限りで日本サッカーリーグ(JSL)は廃止。
    • 5月、Jリーグ開幕時に参加する10クラブのユニフォームなどが「Jリーグ・プレスプレビュー」で報道発表される。
  • 1993年
    • 4月、Jリーグ規約施行。
    • 5月15日、「サントリーシリーズ」開幕で初年度のリーグ戦開始(1993年Jリーグ開幕節 参照)。横浜マリノス VS ヴェルディ川崎の神奈川ダービーで幕を開ける。
  • 1994年
  • 1995年
  • 1996年
    • マルチボールシステムを導入。
    • アビスパ福岡、京都パープルサンガが加盟。
    • このシーズンはクラブ数の増加に伴う試合数の増加により、2ステージ制およびチャンピオンシップを実施せず、通年の勝ち点で年間優勝を決定。
    • 3月、「Jリーグ百年構想」をキーワードとした広報活動が開始される。
  • 1997年
    • ヴィッセル神戸が加盟。
    • 4回戦総当たりを2回戦総当たりへ変更し、再び前期後期制およびチャンピオンシップを実施。
  • 1998年
  • 1999年
    • 2月、横浜フリューゲルスと横浜マリノスとが合併し、新たに横浜F・マリノスとしてJ1に参加。
    • 3月、ディビジョン1(J1、16クラブ)とディビジョン2(J2、10クラブ)の2部制に移行。ベガルタ仙台、モンテディオ山形、大宮アルディージャ、FC東京、川崎フロンターレ、ヴァンフォーレ甲府、アルビレックス新潟、サガン鳥栖、大分トリニータが加盟。
    • PK戦を廃止、引き分け制を導入。延長を含め120分以内に勝敗が決しない場合は引き分け。
  • 2000年
    • 水戸ホーリーホックが加盟。
  • 2001年
    • 横浜FCが加盟。
  • 2002年
    • J2での延長戦を廃止。
    • 7月、2代目チェアマンに鈴木昌が就任。
    • Jリーグアカデミー・サポートセンターが発足。
  • 2003年
    • J1での延長戦を廃止。
  • 2004年
    • J1・J2入れ替え戦を導入。
  • 2005年
    • J1の所属クラブ数が増加(16クラブ→18クラブ)。
    • 徳島ヴォルティス、ザスパ草津が加盟。
    • J1を1ステージ制へ移行。Jリーグチャンピオンシップを廃止。
  • 2006年
    • 愛媛FCが加盟。
    • 7月、3代目チェアマンに鬼武健二が就任。
  • 2007年
  • 2008年
  • 2009年
    • 栃木SC、カターレ富山、ファジアーノ岡山が加盟。
    • J1・J2入れ替え戦を廃止。
    • Jサテライトリーグを廃止。
  • 2010年
    • ギラヴァンツ北九州が加盟。
    • 7月、4代目チェアマンに大東和美が就任。
  • 2011年
    • ガイナーレ鳥取が加盟。
  • 2012年
    • 4月1日、「公益社団法人 日本プロサッカーリーグ」に移行。
    • FC町田ゼルビア、松本山雅FCが加盟。
    • J1昇格プレーオフを導入。
    • J2・JFL間での入れ替え制度を導入。
    • タイ・プレミアリーグ、ベトナムサッカーリーグ、ミャンマーサッカーリーグとパートナーシップ協定を締結。
  • 2013年
    • Jリーグクラブライセンス制度を導入。
    • V・ファーレン長崎が加盟、FC町田ゼルビアが正会員資格喪失。
    • Jリーグ月間MVPを新設。
    • Jリーグマスコット総選挙を新設。
    • カンボジア・リーグ、Sリーグ(シンガポール) とパートナーシップ協定を締結。
  • 2014年
    • 2月、5代目チェアマンに村井満が就任。
    • 3部にあたる下部リーグ・J3リーグ(J3、11クラブ+Jリーグ・アンダー22選抜の計12クラブ/チーム)を新設。J3リーグ独自の「タイトルパートナー」(特別協賛)として明治安田生命保険と契約を締結し、名称を「明治安田生命J3リーグ」に制定。
    • カマタマーレ讃岐 (J2)、AC長野パルセイロ、SC相模原、ツエーゲン金沢、ブラウブリッツ秋田、FC琉球、Y.S.C.C.横浜、藤枝MYFC、福島ユナイテッドFC、グルージャ盛岡(以上J3)が新規加盟。FC町田ゼルビアが再加盟。
    • J3発足に伴いJ2・JFL間での入れ替え制度を廃止。
    • インドネシア・スーパーリーグ とパートナーシップ協定を締結。
  • 2015年
    • スポンサーカテゴリーに「タイトルパートナー」を新設し、明治安田生命保険相互会社と契約を締結。リーグ全体の総称を「明治安田生命Jリーグ」(英: MEIJI YASUDA J.LEAGUE)、また各カテゴリーごとのタイトルも「明治安田生命J(1・2・3)リーグ」に統一。
    • J1を11年ぶりに2ステージ制へ移行。ステージ優勝クラブと年間勝点1位、2位、3位の最大5クラブが出場できるJリーグチャンピオンシップを復活させる。
    • レノファ山口FCが加盟。
    • バニシング・スプレーの使用を開始。
    • ニューイヤーカップを新設。
    • イランサッカーリーグ、マレーシア・スーパーリーグ、カタール・スターズリーグ とパートナーシップ協定を締結。
  • 2016年
    • 鹿児島ユナイテッドFCが加盟。Jリーグ・アンダー22選抜が活動終了し、FC東京U-23・ガンバ大阪U-23・セレッソ大阪U-23がJ3に参加。
    • Jサテライトリーグが7年ぶりに復活。
    • 3月、日本トップリーグ連携機構へ加盟。
    • Aリーグ(オーストラリア)と戦略的連携協定を締結。
    • 7月20日、イギリスの大手動画配信会社パフォーム・グループと2017年から2026年まで10年間の放映権を契約。
  • 2017年
    • アスルクラロ沼津が加盟。
    • J1を3年ぶりに1ステージ制へ移行。JリーグチャンピオンシップおよびJ2・J3入れ替え戦を廃止。
    • ラ・リーガ(スペイン)と戦略的連携協定を締結。
  • 2018年
    • J1昇格プレーオフを廃止し、J1参入プレーオフを導入。
  • 2019年
    • ヴァンラーレ八戸が加盟。
  • 2020年
    • FC今治が加盟。
    • 3月2日、2020年3月3日付で一般社団法人日本野球機構(NPB)と共同による新型コロナウイルス対策連絡会議を設置し、専門家チームを置くことを発表。
    • 6月、FC東京U-23がJ3リーグ参加辞退および活動終了。
  • 2021年
  • 2022年
    • いわきFCが加盟。
  • 2023年
    • 奈良クラブ・FC大阪が加盟。
    • J1参入プレーオフを廃止し、J1昇格プレーオフが復活。
    • J3・JFL間での入れ替え制度を導入。
  • 2024年
    • リーグ全体の総称を「明治安田生命Jリーグ」から「明治安田Jリーグ」へ変更(英: MEIJI YASUDA J.LEAGUE)、また各カテゴリーごとのタイトルも「明治安田J(1・2・3)リーグ」へと変更。
    • この年から全カテゴリーのクラブ数を20へと統一し、J1が18クラブから20クラブへ2クラブ増、J2が22クラブから20クラブへ2クラブ減となる。
    • J2昇格プレーオフを導入。
  • 2025年
    • 栃木シティ、高知ユナイテッドSCが加盟。いわてグルージャ盛岡、Y.S.C.C.横浜が正会員資格喪失。

クラブ一覧

加盟要件

Jリーグ加盟の要件には、スタジアム・経営状況・チーム運営状況などの項目が定められている。チーム運営については、実際にJリーグの試合に参加するチームそのもののみならず、育成組織(下部組織)によるクラブユースチームの運営義務なども規定されている。2013年シーズンよりJリーグクラブライセンス制度が発足し、Jリーグへの加盟可否・加盟可能なディビジョンについての判断を行う制度が更新された。

また2006年から、Jリーグ加盟の基準を満たしているか近い将来満たせそうと判断されたクラブを「Jリーグ準加盟」と認定することを定め、J3発足後の2014年以降は代わって「Jリーグ百年構想クラブ」と呼称するものとしている。

正会員クラブ

2025年シーズンのクラブ編成 に基づく全60クラブの一覧。

  • クラブのカテゴリ並びに掲載順序は2024年12月13日のJリーグリリース における順序による。
  • クラブ名は日本サッカー協会への登録チーム名ではなく、Jリーグにおける「呼称」を示している。英語表記もJリーグによる英文リリース に準じた。
  • ホームスタジアムについては2025年5月10日時点でJリーグコーポレートサイトにおいて示されているスタジアム について、同資料の表記に基づいて記す。ただし、2025年1月にホームスタジアム呼称を変更した大分については当該リリースに基づく記述に準じた。
地域 クラブ名(呼称) 活動区域 / ホームタウン
(ホームスタジアム)
Cat. 加盟
北海道 北海道コンサドーレ札幌
Hokkaido Consadole Sapporo
北海道 / 札幌市を中心とする全道
大和ハウス プレミストドーム〈札幌市豊平区〉)
J2 1998年
東北 ヴァンラーレ八戸
Vanraure Hachinohe
青森県 / 八戸市ほか3市11町2村
(プライフーズスタジアム〈八戸市〉)
J3 2019年
ベガルタ仙台
Vegalta Sendai
宮城県 / 仙台市を中心とする全県
(ユアテックスタジアム仙台〈仙台市泉区〉)
J2 1999年
ブラウブリッツ秋田
Blaublitz Akita
秋田県 / 秋田市ほか5市 を中心とする全県
(ソユースタジアム〈秋田市〉)
J2 2014年
モンテディオ山形
Montedio Yamagata
山形県 / 山形市、天童市、鶴岡市を中心とする全県
NDソフトスタジアム山形〈天童市〉)
J2 1999年
福島ユナイテッドFC
Fukushima United FC
福島県 / 福島市ほか3市3町を中心とする全県
(とうほう・みんなのスタジアム〈福島市〉)
J3 2014年
いわきFC
IWAKI FC
福島県 / いわき市ほか1市6町2村
(ハワイアンズスタジアムいわき〈いわき市〉)
J2 2022年
関東 鹿島アントラーズ
Kashima Antlers
茨城県 / 鹿嶋市ほか5市
(県立カシマサッカースタジアム〈鹿嶋市〉)
J1 1991年
水戸ホーリーホック
Mito Hollyhock
茨城県 / 水戸市ほか10市4町1村
(ケーズデンキスタジアム水戸〈水戸市〉)
J2 2000年
栃木SC
Tochigi SC
栃木県 / 宇都宮市
(カンセキスタジアムとちぎ〈宇都宮市〉)
J3 2009年
栃木シティ
TOCHIGI CITY
栃木県 / 栃木市、壬生町、足利市
(CITY FOOTBALL STATION〈栃木市〉)
J3 2025年
ザスパ群馬
Thespa Gunma
群馬県 / 前橋市を中心とする全県
(正田醤油スタジアム群馬〈前橋市〉)
J3 2005年
浦和レッズ
Urawa Reds
埼玉県 / さいたま市
埼玉スタジアム2002〈さいたま市緑区〉)
J1 1991年
RB大宮アルディージャ
RB Omiya Ardija
埼玉県 / さいたま市
(NACK5スタジアム大宮〈さいたま市大宮区〉)
J2 1999年
ジェフユナイテッド千葉
JEF United Chiba
千葉県 / 千葉市、市原市
(フクダ電子アリーナ〈千葉市中央区〉)
J2 1991年
柏レイソル
Kashiwa Reysol
千葉県 / 柏市
(三協フロンテア柏スタジアム〈柏市〉)
J1 1995年
FC東京
FC TOKYO
東京都 / 東京都
(味の素スタジアム〈調布市〉)
J1 1999年
東京ヴェルディ
Tokyo Verdy
東京都 / 東京都
(味の素スタジアム〈調布市〉)
J1 1991年
FC町田ゼルビア
FC Machida Zelvia
東京都 / 町田市
(町田GIONスタジアム〈町田市〉)
J1 2012年
川崎フロンターレ
Kawasaki Frontale
神奈川県 / 川崎市
(Uvanceとどろきスタジアム by Fujitsu〈川崎市中原区〉)
J1 1999年
横浜F・マリノス
Yokohama F・Marinos
神奈川県 / 横浜市、横須賀市、大和市
日産スタジアム〈横浜市港北区〉
J1 1991年
横浜FC
Yokohama FC
神奈川県 / 横浜市
(ニッパツ三ツ沢球技場〈横浜市神奈川区〉)
J1 2001年
湘南ベルマーレ
Shonan Bellmare
神奈川県 / 平塚市ほか8市11町
レモンガススタジアム平塚〈平塚市〉)
J1 1994年
SC相模原
S.C. Sagamihara
神奈川県 / 相模原市ほか4市1町
(相模原ギオンスタジアム〈相模原市南区〉)
J3 2014年
ヴァンフォーレ甲府
Ventforet Kofu
山梨県 / 甲府市、韮崎市を中心とする全県
(JIT リサイクルインク スタジアム〈甲府市〉)
J2 1999年
北信越 松本山雅FC
Matsumoto Yamaga F.C.
長野県 / 松本市ほか4市3町4村
(サンプロ アルウィン〈松本市〉)
J3 2012年
AC長野パルセイロ
AC Nagano Parceiro
長野県 / 長野市ほか6市5町5村
(長野Uスタジアム〈長野市〉)
J3 2014年
アルビレックス新潟
Albirex Niigata
新潟県 / 新潟県全県20市6町4村
(デンカビッグスワンスタジアム〈新潟市中央区〉)
J1 1999年
カターレ富山
Kataller Toyama
富山県 / 富山市を中心とする全県
(富山県総合運動公園陸上競技場〈富山市〉)
J2 2009年
ツエーゲン金沢
Zweigen Kanazawa
石川県 / 金沢市ほか3市2町 を中心とする全県
(金沢ゴーゴーカレースタジアム〈金沢市〉)
J3 2014年
東海 清水エスパルス
Shimizu S-Pulse
静岡県 / 静岡市
(IAIスタジアム日本平〈静岡市清水区〉)
J1 1991年
ジュビロ磐田
Jubilo Iwata
静岡県 / 磐田市ほか7市1町
(ヤマハスタジアム(磐田)〈磐田市〉)
J2 1994年
藤枝MYFC
Fujieda MYFC
静岡県 / 藤枝市ほか4市2町
(藤枝総合運動公園サッカー場〈藤枝市〉)
J2 2014年
アスルクラロ沼津
Azul Claro Numazu
静岡県 / 沼津市
(愛鷹広域公園多目的競技場〈沼津市〉)
J3 2017年
名古屋グランパス
Nagoya Grampus
愛知県 / 名古屋市、豊田市、みよし市を中心とする全県
(豊田スタジアム〈豊田市〉)
J1 1991年
FC岐阜
FC Gifu
岐阜県 / 岐阜市を中心とする全県
(岐阜メモリアルセンター長良川競技場〈岐阜市〉)
J3 2008年
関西 京都サンガF.C.
Kyoto Sanga F.C.
京都府 / 京都府全府15市10町1村
(サンガスタジアム by KYOCERA〈亀岡市〉)
J1 1996年
ガンバ大阪
Gamba Osaka
大阪府 / 吹田市ほか7市
(パナソニック スタジアム 吹田〈吹田市〉)
J1 1991年
セレッソ大阪
Cerezo Osaka
大阪府 / 大阪市、堺市
(ヨドコウ桜スタジアム〈大阪市東住吉区〉)
J1 1995年
FC大阪
FC Osaka
大阪府 / 東大阪市
東大阪市花園ラグビー場(東大阪市))
J3 2023年
ヴィッセル神戸
Vissel Kobe
兵庫県 / 神戸市
(ノエビアスタジアム神戸〈神戸市兵庫区〉)
J1 1997年
奈良クラブ
Nara Club
奈良県 / 奈良市、三郷町を中心とする全県
(ロートフィールド奈良〈奈良市〉)
J3 2023年
中国 ガイナーレ鳥取
Gainare Tottori
鳥取県 / 鳥取市ほか4市 を中心とする全県
(Axisバードスタジアム〈鳥取市〉)
J3 2011年
ファジアーノ岡山
Fagiano Okayama
岡山県 / 岡山市、倉敷市、津山市を中心とする全県
JFE晴れの国スタジアム〈岡山市北区〉)
J1 2009年
サンフレッチェ広島
Sanfrecce Hiroshima
広島県 / 広島市
(エディオンピースウイング広島〈広島市中区〉)
J1 1991年
レノファ山口FC
Renofa Yamaguchi FC
山口県 / 山口県全県13市6町
(維新みらいふスタジアム〈山口市〉)
J2 2015年
四国 カマタマーレ讃岐
Kamatamare Sanuki
香川県 / 高松市、丸亀市を中心とする全県
(Pikaraスタジアム〈丸亀市〉)
J3 2014年
徳島ヴォルティス
Tokushima Vortis
徳島県 / 徳島市ほか6市4町 を中心とする全県
(鳴門・大塚スポーツパーク ポカリスエットスタジアム〈鳴門市〉)
J2 2005年
愛媛FC
Ehime FC
愛媛県 / 松山市を中心とする全県
(ニンジニアスタジアム〈松山市〉)
J2 2006年
FC今治
FC Imabari
愛媛県 / 今治市
(アシックス里山スタジアム〈今治市〉)
J2 2020年
高知ユナイテッドSC
Kochi United SC
高知県 / 高知市を中心とする全県
(高知県立春野総合運動公園陸上競技場〈高知市〉)
J3 2025年
九州 アビスパ福岡
Avispa Fukuoka
福岡県 / 福岡市
(ベスト電器スタジアム〈福岡市博多区〉)
J1 1996年
ギラヴァンツ北九州
Giravanz Kitakyushu
福岡県 / 北九州市
(ミクニワールドスタジアム北九州〈北九州市小倉北区〉)
J3 2010年
サガン鳥栖
Sagan Tosu
佐賀県 / 鳥栖市
(駅前不動産スタジアム〈鳥栖市〉)
J2 1999年
V・ファーレン長崎
V-Varen Nagasaki
長崎県 / 長崎市、諫早市を中心とする全県
(PEACE STADIUM Connected by SoftBank〈長崎市〉)
J2 2013年
ロアッソ熊本
Roasso Kumamoto
熊本県 / 熊本市
(えがお健康スタジアム〈熊本市東区〉)
J2 2008年
大分トリニータ
Oita Trinita
大分県 / 大分市、別府市、佐伯市を中心とする全県
(クラサスドーム大分〈大分市〉)
J2 1999年
テゲバジャーロ宮崎
Tegevajaro Miyazaki
宮崎県 / 宮崎市、新富町、西都市
いちご宮崎新富サッカー場〈児湯郡新富町〉)
J3 2021年
鹿児島ユナイテッドFC
Kagoshima United FC
鹿児島県 / 鹿児島市
(白波スタジアム〈鹿児島市〉)
J3 2016年
FC琉球
FC RYUKYU
沖縄県 / 沖縄市を中心とする全県
(沖縄県総合運動公園陸上競技場〈沖縄市〉)
J3 2014年

Jリーグ百年構想クラブ

クラブ名 活動区域 / ホームタウン
(ホームスタジアム)
カテゴリ 承認年度
関東 VONDS市原
VONDS ICHIHARA
千葉県 / 市原市
(ゼットエーオリプリスタジアム〈市原市〉)
関東1部 2020年
南葛SC
NANKATSU SC
東京都 / 葛飾区
(奥戸総合スポーツセンター陸上競技場〈葛飾区〉)他
クリアソン新宿
Criacao SHINJUKU
東京都 / 新宿区
味の素フィールド西が丘〈北区〉)
JFL 2021年
東京23フットボールクラブ
TOKYO 23 Football Club
東京都 / 江戸川区
(江戸川区陸上競技場〈江戸川区〉)
関東1部 2022年

なお、現在は、Jリーグ参入希望に当たってJリーグ百年構想クラブへの加入は必須とされていない。

過去にJリーグ正会員であったクラブ

クラブ名 活動区域 / ホームタウン
(ホームスタジアム)
加盟期間
横浜フリューゲルス
Yokohama Flügels
神奈川県 / 横浜市、長崎県、熊本県、鹿児島県
(三ツ沢公園球技場、横浜国際総合競技場長崎県立総合運動公園陸上競技場、熊本市水前寺競技場、鹿児島県立鴨池陸上競技場
1991-1998年
いわてグルージャ盛岡
Iwate Grulla Morioka
岩手県 / 岩手県全県14市15町4村
(いわぎんスタジアム〈盛岡市〉)
2014-2024年
Y.S.C.C.横浜
Y.S.C.C. Yokohama
神奈川県 / 横浜市
(ニッパツ三ツ沢球技場〈横浜市神奈川区〉)
2014-2024年

過去にJリーグ準会員、準加盟、百年構想クラブであったクラブ

脱退等に関する経緯については各クラブの項目を参照のこと。

資格 クラブ名 活動区域 / ホームタウン
(ホームスタジアム)
カテゴリ 承認期間
準会員 鳥栖フューチャーズ
TOSU Futures
佐賀県 / 鳥栖市
(鳥栖スタジアム〈鳥栖市〉)
旧JFL 1994-1996年
浜松F.C
HAMAMATSU F.C
静岡県 / 浜松市
(本田技研都田サッカー場〈浜松市浜名区〉)
JFL 1997年
準加盟
百年構想
tonan前橋
Tonan MAEBASHI
群馬県 / 前橋市
(前橋総合運動公園陸上競技・サッカー場〈前橋市〉)
関東2部 2013-2019年
百年構想 東京武蔵野シティFC
TOKYO MUSASHINO City FC
東京都 / 武蔵野市
(武蔵野陸上競技場〈武蔵野市〉)
JFL 2016-2020年
鈴鹿ポイントゲッターズ
SUZUKA Point Getters
三重県 / 鈴鹿市
(三重交通Gスポーツの杜鈴鹿サッカー・ラグビー場〈鈴鹿市〉)
2021-2022年
コバルトーレ女川
Cobaltore ONAGAWA
宮城県 / 女川町
(女川スタジアム〈女川町〉)
東北1部 2022年
沖縄SV
OKINAWA SV
沖縄県 / 豊見城市、うるま市、沖縄市を中心とする全県
(タピック県総ひやごんスタジアム〈沖縄市〉他)
JFL 2022-2023年

クラブ数の推移と昇降格制度

1998年にJ1参入決定戦を実施。1999年からはJ1・J2の2部制への移行に伴い、入替制度を導入した。2012年以降はJ2と下部リーグ(2012年は日本フットボールリーグ(JFL)、2013年のポストシーズン以降はJ3)との入替制度も導入された。

  • 実際に適用されたケースはないが、2012年のJリーグクラブライセンス制度導入までは、Jリーグによる審査でJ1昇格の権利を得たJ2クラブがJ1の規格に満たしていなければJ1昇格が取り消され、J1の16位からJ2降格も取り消される可能性があった。
  • 2012年のポストシーズン(2013年の参入)以降は、J1・J2・J3のリーグに参入するには、クラブライセンス制度により当該リーグないしそれより上のライセンスを取得している」ことが要件となる。
  • 消化できた試合数がその年に予定されていたJ1・J2・J3リーグ全体の試合数の75%に満たない場合や、所属カテゴリでその年に予定されていた総試合数の50%に満たないクラブが発生した場合は、大会は不成立となり昇格・降格は行われないが、2022シーズン終了時点で実際に適用されたシーズンはない。
年度 総数 J1 JFL 備考
JFL降格 Jリーグ参入
1993 10 10 降格
制度
なし
平塚 / 磐田 JFLは旧JFL
1994 12 12 C大阪 / 柏
1995 14 14 福岡 / 京都
1996 16 16 神戸
1997 17 17 札幌
年度 総数 J1 J2 JFL 備考
J2降格 J1昇格 JFL降格 Jリーグ参入
1998 18 18 札幌 - 9クラブ J1参入決定戦実施
横浜Fと横浜Mとの合併により1クラブ減
1999 26 16 浦和 / 平塚 川崎 / FC東京 10 降格
制度
なし
水戸 自動入替2クラブ
2000 27 京都 / 川崎 札幌 / 浦和 11 横浜FC
2001 28 福岡 / C大阪 京都 / 仙台 12 -
2002 広島 / 札幌 大分 / C大阪 -
2003 仙台 / 京都 新潟 / 広島 -
2004 川崎 / 大宮 徳島 / 草津 J1・J2入れ替え戦の導入
2005 30 18 / 東京V / 神戸 京都 / 福岡 / 甲府 愛媛 自動入替2クラブ+J1・J2入れ替え戦
2006 31 福岡 / C大阪 / 京都 横浜FC / 柏 / 神戸 13 -
2007 広島 / 甲府 / 横浜FC 札幌 / 東京V / 京都 熊本 / 岐阜
2008 33 東京V / 札幌 広島 / 山形 15 栃木 / 富山 / 岡山
2009 36 柏 / 大分 / 千葉 仙台 / C大阪 / 湘南 18 北九州 自動入替3クラブ
2010 37 FC東京 / 京都 / 湘南 柏 / 甲府 / 福岡 19 鳥取
2011 38 甲府 / 福岡 / 山形 FC東京 / 鳥栖 / 札幌 20 町田 / 松本
2012 40 神戸 / G大阪 / 札幌 甲府 / 湘南 / 大分 22 町田 長崎 J1昇格プレーオフ開始
年度 総数 J1 J2 J3 JFL 備考
J2降格 J1昇格 J3降格 J2昇格 JFL降格 Jリーグ参入
2013 40 18 湘南 / 磐田 / 大分 G大阪 / 神戸 / 徳島 22 鳥取 - 讃岐
10クラブ
讃岐はJ2・JFL入れ替え戦の結果
10クラブはJFLからJ3への参入
2014 51 大宮 / C大阪 / 徳島 湘南 / 松本 / 山形 富山 金沢 11 降格
制度
なし
山口 J2・J3入れ替え戦の導入
2015 52 松本 / 清水 / 山形 大宮 / 磐田 / 福岡 大分 / 栃木 山口 / 町田 12 鹿児島
2016 53 名古屋 / 湘南 / 福岡 札幌 / 清水 / C大阪 北九州 大分 13 沼津
2017 54 甲府 / 新潟 / 大宮 湘南 / 長崎 / 名古屋 群馬 栃木 14 - J2・J3入れ替え戦を廃止
2018 柏 / 長崎 松本 / 大分 熊本 / 讃岐 琉球 / 鹿児島 八戸 J1参入プレーオフ開始
2019 55 松本 / 磐田 柏 / 横浜FC 鹿児島 / 岐阜 北九州 / 群馬 15 今治
2020 56 - 徳島 / 福岡 - 秋田 / 相模原 16 宮崎 降格無し
J1参入プレーオフなし
2021 57 20 徳島 / 大分 / 仙台 / 横浜FC 磐田 / 京都 相模原 / 愛媛 / 北九州 / 松本 熊本 / 岩手 15 いわき J1参入プレーオフなし
2022 58 18 清水 / 磐田 新潟 / 横浜FC 琉球 / 岩手 いわき / 藤枝 18 奈良 / FC大阪
2023 60 横浜FC 町田 / 磐田 / 東京V 大宮 / 金沢 愛媛 / 鹿児島 20 - J1昇格プレーオフ復活
J3・JFL入れ替え戦の導入
2024 20 磐田 / 札幌 / 鳥栖 清水 / 横浜FC / 岡山 20 栃木SC / 鹿児島 / 群馬 大宮 / 今治 / 富山 YS横浜 / 岩手 栃木C / 高知 J2昇格プレーオフ開始
2025
  • 「†」を付したクラブは入替戦の結果による昇降格。


通算成績

J1リーグ戦
J2リーグ戦
J3リーグ戦

表彰

配分金

Jリーグ各クラブに対しては、Jリーグ規約第122条〔収入の配分〕ならびにJリーグ配分金規程 に基づき、(公財)日本プロサッカーリーグの得た事業(付随事業、公衆送信権、その他の事業、パートナー契約)による収益の一部を各クラブに「配分金」として分配している。

なお、この配分金の構造については、リーグの成長促進を目的として2023年度以降見直されることになっており、特にカテゴリー間の定額配分金の配分比率を5-6倍程度まで段階的に拡大させることが言及されると共に、同一カテゴリー内の配分方法も均等配分中心から競技成績やファン増加等の成果に応じた傾斜配分中心へ段階的にシフトすることが明らかにされている。

均等配分金
全てのクラブに所属カテゴリに応じて均等額が支給される配分金で、公衆送信権料の他アカデミー支援費などクラブ数に応じて均等に配分しているものすべてを含む。2023年度より減額され、J1が2.5億円(2022年まで3.5億円)、J2が1億円(同1.5億円)、J3が0.2億円(同0.3億円)となった。
理念強化配分金
前シーズンのJ1リーグ戦の年間順位に応じて支給されるもの。2017年度より支給開始されており、DAZNと結んだ10年2100億円超の放送権料が原資と報じられている。
年度毎に理念強化配分金活用計画書における理念強化配分金の活用計画の審査・承認を受ける必要あり。
2023年までは、J1リーグ1位から4位のクラブに対して最長3年間にわたって下記のとおり支給されていた。(ただし、2020年から2022年シーズンの成績に基づく理念強化配分金は、新型コロナウイルス感染症の影響により支給が停止された。)
理念強化配分金の支給額(2023年まで)
順位 理念強化配分金 内訳
年間1位 15億5000万円 1年目5.5億円、2年目5億円、3年目5億円の計15.5億円
年間2位 7億円 1年目2.5億円、2年目2.5億円、3年目2億円の計7億円
年間3位 3億5000万円 1年目2億円、2年目1.5億円の計3.5億円
年間4位 1億8000万円 1年目1.8億円
2023年シーズンの成績に基づく2024年度の支給分から支給対象がJ1リーグの1位から9位(2024年シーズンからJ1リーグのチーム数が20チームになったことに伴い2024年シーズンの成績に基づく2025年度の支給分から10位)までとなり最長2年間の支給となった。また、DAZN視聴者数等をもとに決められた年間ファン指標順位に基づく配分も開始された。額は以下のとおり(括弧内は2024年度支給分の額)。
競技順位に基づく支給分
J1リーグ
順位
支給額 内訳
1位 5億円 1年目2.5億円、2年目2.5億円
2位 3.6億円 1年目1.8億円、2年目1.8億円
3位 2.2億円 1年目1.5億円、2年目0.7億円
4位 1.5億円 1年目1.5億円
5位 1.2億円 1年目1.2億円
6位 0.9億円 1年目0.9億円
7位 0.6億円(0.7億円) 1年目0.6億円(0.7億円)
8位 0.5億円(0.6億円) 1年目0.5億円(0.6億円)
9位 0.4億円(0.5億円) 1年目0.4億円(0.5億円)
10位 0.3億円(なし) 1年目0.3億円(なし)
人気順位に基づく支給分
年間ファン指標
順位
支給額
1位 1.7億円
2位 1.2億円
3位 0.7億円
4位 0.5億円
5位 0.4億円
6位 0.3億円
7位 0.2億円(0.25億円)
8位 0.2億円
9位 0.1億円(0.15億円)
10位 0.1億円(なし)
ACLサポート配分金
支給年度のAFCチャンピオンズリーグ (ACL)(2024/25シーズン以降はAFCチャンピオンズリーグエリートとAFCチャンピオンズリーグ2)に参加した各Jクラブに対してその遠征費等について一定割合を補助するもの。
2021年度から2023年度の出場クラブは理念強化配分金が支給停止中だったため1クラブ当たり1億円(2020年までは2千万円)。
2024年度以降は、理念強化配分金の変更に伴い総額5千万円に変更された。J1リーグ10位以下のクラブが、天皇杯優勝か前シーズンのACL優勝でACL出場権を得た場合は該当クラブで按分し、J1リーグ10位以下のクラブの出場がない場合はACL出場クラブで按分する。
ファン指標配分金
スタジアム来場者数の向上を目的とし、総額13.6億円(2022年までは10億円、2023年は13.4億円)がDAZN視聴者数やDAZNシーズンパス販売実績等に基づき全クラブに対して配分される。
リーグ事業協力費
J1・J2・J3クラブに総額1.8億円
その他
公衆送信権料(傾斜配分)、商品化権料、toto交付金(単一試合くじ)
降格救済金(廃止)
J1からJ2に、およびJ2からJ3にそれぞれ降格した各Jクラブに対して支給されるもの。均等配分金の激変緩和措置として行われていた。
2022年時点では降格1年目に降格前所属リーグの均等配分金額の80%を、降格2年目は60%を受け取れるよう、以下のように配分された。
  • J1→J2:1年目1億3千万円、2年目6千万円
  • J2→J3:1年目9千万円、2年目6千万円
2023年は均等配分金の額変更に伴い以下のように配分された。
  • J1→J2:1年目1億円、2年目5千万円
  • J2→J3:1年目6千万円、2年目4千万円
2024年度以降、降格救済金は廃止された。

選手

契約規定

出場規定

懲罰

Jリーグでは各クラブが不正行為や選手・観客のトラブルなどがあった場合に以下の順で制裁処置をとる場合がある。制裁措置についてはJリーグ規約第141条から第143条に定めがあり、裁定委員会もしくは関連する専門委員会の調査結果を踏まえて、チェアマンが最終的な制裁措置の判断を下すとされている。

制裁措置はクラブ、及びクラブに所属する個人に対して行われ、以下のような段階が設けられている。

クラブに対する制裁
  1. けん責
  2. 制裁金(最大1億円)
  3. 中立地での試合の開催
  4. 無観客試合の開催
  5. 試合の没収(得点を3対0として試合を没収)
  6. 勝点減(最大15点)
  7. (リーグカップ戦における)出場権剥奪
  8. 下位ディビジョンへの強制降格
  9. 除名

※中立地開催・無観客試合・没収試合・強制降格は2014年から設けられた。

個人に対する制裁
  1. けん責
  2. 制裁金(最大5,000万円)
  3. 出場資格停止(無期限または最大1年以内の期限付き出場停止)
  4. 公式試合に関わる職務の停止(一定期間、無期限または永久的な公式試合に関わる職務の全部または一部の停止)

開催日時

リーグ戦の試合は基本的に毎週土曜日または日曜日に開催している。スケジュールの都合で週2試合とする必要がある場合には水曜日に試合を行うことがあるほか、祝日の配列の関係で変則的な試合間隔となるケースもある。

土曜日・日曜日に開催される試合は基本的にデイマッチであるが、各節数試合はテレビ中継に配慮する形でナイトマッチでも行われることがあるほか、夏期(おおむね6月下旬から9月上旬にかけて)のJ1・J2の試合は原則としてナイトマッチで開催される。また、祝祭日以外の平日に開催される試合は原則としてナイトマッチで開催されている(2022年度まで照明設備を必須としていなかったJ3を含め、かつては施設の都合等で平日の開催でもデイマッチを行うことがあった)。

なお、最終節は基本的に全試合の開催日と試合開始時間を統一している。

2008年以降、日本代表の試合のある日は原則として、JリーグカップおよびJ2の試合は組まれない(この間、J1は日本代表に選出されている選手の強化期間としているため、リーグ戦の試合自体が組まれない)。また、試合予定が未定の分で、日本代表の試合が予定されている場合は土曜、日曜両方で開催できるように対応している。

試合日程については、概ね1月中旬に、各クラブのホームゲーム開幕節の試合日程・対戦組み合わせ・試合会場のみを先行で発表し、1月末もしくは2月上旬に残り全試合の詳細な試合日程・組み合わせ・試合会場、並びに前半戦(概ね8月下旬まで J1リーグが2シーズン制となる年は、第1ステージの17試合分のみ)の試合開始時間を、6月下旬または7月初めに後半戦(概ね9月以後 J1リーグの2シーズン制となる年の第2ステージ17試合についても同様であるが、第2ステージの開始時期によっては前倒しとなる場合あり)の試合開始時間について発表される。

J1
  • 1部制だった時代(1993年から1998年)も含めて、1993年から2000年までは基本的に土曜日に開催されていた。ただし、1993年から1995年の2ステージ制だった時代は試合数の問題から平日(主に水曜日)にも開催されていた。
  • 2001年以降はスポーツ振興くじ(toto)の導入に伴い、J2と共に土曜日を中心とする開催になった。
  • 2002年、テレビ中継などの日程調整も考慮し、土曜日開催を基本としつつ、原則として1節のうち2試合を日曜日に開催する分散型が採用された。
  • 2012年以後は原則土曜日開催に固定したが、AFCチャンピオンズリーグに参加するクラブについては、週の中間(火曜・水曜)に試合をすることを考慮して、週末の試合を金曜日や日曜日に組んだり、アウェーゲームを国外で行う場合を配慮して別の週の水曜に開催する例もある。国際Aマッチ期間は試合が開催されない。
  • 2018年度からは、DAZNと協力し年間10節程度、各節1-3試合程度を「フライデーナイトJリーグ」として金曜日に適宜開催する。通称「金J」(きんジェイ)。
    • 金曜日に開催することで他の試合との被りを避けて試合の注目度を高めることを目的とする。来場者プレゼントやイベントを開催して新規層を開拓するのも特徴であり、デートや仕事帰り、学校帰りの人に気軽にスタジアムに来てほしい狙いもある。
J2
  • 1999年から2000年の2年間は基本的に日曜日に開催するのが中心だったが、1か月に1-2回程度は木曜日にも開催されていた。
  • 2001年以降はtotoの導入に伴い、J1と共に土曜日を中心とする開催になった(一部は日曜日に開催)。
  • 2012年以降は原則日曜日開催。J1の大半の試合が日曜日開催となる週は土曜日開催となることがある。水曜日開催が行われる週もある。国際Aマッチ期間も、日本代表戦と重複しない範囲で調整しながら試合を開催する(ただし2002年と2010年のワールドカップ期間は試合を行わなかった)。
J3
  • 基本的に原則日曜日の開催に固定している。
  • 2022年度まではJ3クラブのスタジアム基準で現在照明設備が必須とされていなかったことから、夏季にもデイマッチが行われた試合がいくつかあった(本拠地に照明設備があるクラブのホームゲームはナイトマッチも開催される)。
  • 毎年8月から9月は、天皇杯の都道府県予選(J3は都道府県予選から出場)、並びに国体ブロック予選(ミニ国体)が行われるため、3週間から1か月程度のインターバルがある。なおこれについては2017年以降、天皇杯の制度改革によって多少見直されている。

その他、同一都道府県・市区町村を本拠地とするクラブが複数ある場合は、極力同じ節にホームゲームを開催しないように日程を調整している(2011年の場合はJ1のさいたま市、神奈川県、静岡県、大阪府、J2の東京都、神奈川県が該当)。ただし、初期の頃は横浜市の2チームが同じ日にホームゲームをしたことがあった。2011年にもJ1のさいたまと大阪、J2の東京都、さらにJ1・J2それぞれ2クラブずつの神奈川県の2チームが同じ節にホームゲームをする場合があるが、このときでもやむをえない場合を除き原則として、どちらかが土曜日、もう一方は日曜日の開催とするよう配慮されている。

なお、2012年から2016年までJ1とJ2の開催日が分けられていたこと、及びキックオフ時間がずらされていたが、これは当時Jリーグ中継を担当していたスカパー!のチャンネル数や放送時間の制約によるものであったことが、2016年のJリーグとDAZNの契約記者会見の際に明らかにされており、現在は土曜か日曜のどちらを開催日にするかはクラブ側に委ねられているという。

アウェイゲームは原則3試合以上連続しないこととなっているが、日程の兼ね合いやその他イベントの影響などでアウェイゲームが3試合以上連続することもある。特に降雪地では気候的理由もあって開幕直後はアウェイゲームが続くことが多い。

試合入場者数

歴代入場者数

年間試合入場者数(単位:人)
J1 J2 J3
合計 平均 合計 平均 合計 平均
1993年 3,235,750 17,976 - -
1994年 5,173,817 19,598
1995年 6,159,691 16,922
1996年 3,204,807 13,353
1997年 2,755,698 10,131
1998年 3,666,496 11,982
1999年 2,798,005 11,658 827,217 4,596
2000年 2,655,553 11,065 1,340,820 6,095
2001年 3,971,415 16,548 1,505,722 5,703
2002年 3,928,215 16,368 1,806,392 6,842
2003年 4,164,229 17,351 2,084,185 7,895
2004年 4,551,695 18,965 1,904,172 7,213
2005年 5,742,233 18,765 1,975,340 7,482
2006年 5,597,408 18,292 1,998,648 6,406
2007年 5,834,081 19,066 2,034,543 6,521
2008年 5,875,865 19,202 2,227,570 7,072
2009年 5,809,516 18,985 2,903,607 6,326
2010年 5,638,894 18,428 2,290,082 6,696
2011年 4,833,782 15,797 2,440,695 6,423
2012年 5,375,300 17,566 2,681,881 5,805
2013年 5,271,047 17,226 3,079,181 6,665
2014年 5,275,387 17,240 3,043,948 6,589 440,388 2,224
2015年 5,447,602 17,803 3,152,545 6,824 563,606 2,409
2016年 5,498,222 17,968 3,209,051 6,946 704,953 2,937
2017年 5,778,178 18,883 3,219,936 6,970 705,910 2,595
2018年 5,833,538 19,064 3,256,416 7,049 671,854 2,470
2019年 6,349,681 20,751 3,315,234 7,176 732,567 2,394
2020年 1,773,481 5,796 1,270,808 2,751 348,875 1,140
2021年 2,531,007 6,661 1,806,409 3,910 401,776 1,913
2022年 4,384,401 14,328 2,318,829 5,019 833,042 2,722
2023年 5,811,987 18,993 3,189,591 6,904 1,141,166 3,003
2024年 7,734,871 20,355 2,913,415 7,667 1,283,794 3,378
  • 2020年から2022年にかけては新型コロナウイルス (COVID-19) 感染拡大の影響により無観客開催あるいは入場者数制限を行った試合がある。
年齢構成分布一覧
(単位:パーセント)
年度 11 -
18歳
19 -
22歳
23 -
29歳
30 -
39歳
40 -
49歳
50 -
59歳
60歳
以上
2000年 12.6 11.2 26.0 27.5 14.3 8.2
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2001年 12.0 11.4 26.2 28.9 13.2 8.3
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2002年 10.8 13.0 26.7 26.9 13.7 8.8
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2003年 10.9 9.0 20.8 32.1 17.8 9.4
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2004年 8.0 7.3 19.2 34.1 19.9 11.5
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2005年 8.0 6.7 17.5 33.9 21.2 12.8
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2006年 7.4 7.1 16.3 33.7 21.8 13.7
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2007年 6.3 7.1 15.9 33.0 23.6 14.2
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2008年 5.9 6.8 14.3 31.3 25.5 16.2
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2009年 6.8 6.8 14.8 29.8 24.9 16.9
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2010年 5.9 6.1 14.1 29.4 26.3 11.7 6.5
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2011年 7.0 5.7 13.1 27.5 26.7 12.6 7.5
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2012年 6.5 6.2 12.5 26.4 27.0 13.7 7.7
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2013年 6.7 6.5 11.8 23.6 28.4 14.8 8.2
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2014年 6.3 5.8 12.0 22.0 28.4 16.0 9.5
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2015年 5.4 5.5 11.6 21.1 29.1 17.2 10.1
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2016年 5.8 5.5 10.8 19.7 28.7 18.5 11.0
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2017年 6.6 6.3 10.7 17.5 28.8 18.9 11.4
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2018年 6.5 6.0 11.1 17.3 27.3 19.6 12.1
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
2019年 5.8 5.5 10.8 16.8 26.9 20.5 13.7
imageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimageimage
  • Jリーグが実施し公表した「スタジアム観戦者調査」の結果(特定日の調査値)に基づく。J3リーグは調査対象外。なお、2020年から2022年は調査を実施せず、2023年はリーグ全体の集計が行われていない ため、割愛している。

2010年8月8日、J1およびJ2のリーグ戦における通算のべ入場者数が1億人に到達した。なお、カップ戦やオールスターゲームなどの公式試合を含めた通算のべ入場者は、2009年3月に1億人を突破している。

なお、イギリスのサッカー専門誌『World Soccer』が2009年8月号で掲載した統計によると、世界各国のサッカーリーグで平均入場者数が最も多いのはブンデスリーガの38,975人であり、J1リーグは19,278人(2008年シーズン)で第6位に位置している。

スタジアム別入場者数

  • 掲載順はリーグ戦ホームゲームの1試合あたり平均入場者数の多いクラブ順による(以下の入場者数にカップ戦及びプレーオフの数値は含めない)。
  • ホームスタジアム及び略称、所属ディビジョン、座席数は2024年2月23日現在としてJリーグが公表した資料 による。従って、シーズン中に命名権名称の変更があった札幌・今治と、シーズン途中でホームスタジアムを移転した長崎の情報は反映されていない。
  • 入場者数は、2024年シーズン終了時点のもの(ホームゲーム数:全クラブ20試合)。なお、この数値は「各クラブの主管試合(ホームゲーム)」の数値であるため、本来のホームスタジアム以外(国立競技場等)の入場者数を含めていることに留意のこと。
  • 入場料収入は、各クラブの2023年度(令和5年度)決算の数値。従って、2024年シーズンとはディビジョンならびにホームスタジアムが異なっているクラブがあることに留意のこと。
クラブ
所属
スタジアム略称
(所在地)
座席数
(席)
平均入場者数
(人)
総入場者数
(人)
入場料収入
(百万円)
画像
1 浦和
J1
埼玉
さいたま市
62,010 37,519 712,852 2,145
image
2 FC東京
J1
味スタ
(調布市)
47,851 33,225 631,273 1,208
image
3 名古屋
J1
豊田ス
(豊田市)
43,739 27,650 525,358 1,243
image
4 G大阪
J1
パナスタ
(吹田市)
39,694 26,096 495,832 970
image
5 広島
J1
Eピース
(広島市)
28,347 25,609 486,579 631
image
6 横浜FM
J1
日産ス
(横浜市)
71,624 24,843 472,010 1,499
image
7 鹿島
J1
カシマ
(鹿嶋市)
38,620 23,027 437,507 1,201
image
8 新潟
J1
デンカS
(新潟市)
41,684 22,430 426,176 847
image
9 神戸
J1
ノエスタ
(神戸市)
29,913 21,811 414,414 1,320
image
10 川崎
J1
U等々力
(川崎市)
26,827 21,076 400,449 1,258
image
11 東京V
J1
味スタ
(調布市)
47,851 20,976 398,548 366
image
12 C大阪
J1
ヨドコウ
(大阪市)
24,481 17,903 340,163 900
image
13 清水
J2
アイスタ
(静岡市)
19,594 17,750 337,247 835
image
14 町田
J1
Gスタ
(町田市)
15,320 17,610 334,585 202
image
15 札幌
J1
札幌ド
(札幌市)
38,794 17,086 324,625 775
image
16 磐田
J1
ヤマハ
(磐田市)
15,165 13,817 262,530 530
image
17 京都
J1
サンガS
(亀岡市)
21,623 13,535 257,170 599
image
18 仙台
J2
ユアスタ
(仙台市)
19,526 13,331 253,286 375
image
19
J1
三協F柏
(柏市)
15,109 12,070 229,338 413
image
20 湘南
J1
レモンS
(平塚市)
15,380 11,315 214,985 523
image
21 千葉
J2
フクアリ
(千葉市)
19,470 10,431 198,184 302
image
22 大分
J2
レゾド
(大分市)
31,997 10,360 196,848 334
image
23 山形
J2
NDスタ
(天童市)
20,638 10,265 195,031 279
image
24 長崎
J2
トラスタ
(諫早市)
20,258 9,814 186,462 182
image
25 鳥栖
J1
駅スタ
(鳥栖市)
20,805 9,800 186,206 619
image
26 福岡
J1
ベススタ
(福岡市)
21,562 9,698 184,271 618
image
27 岡山
J2
Cスタ
(岡山市)
15,479 9,188 174,572 248
image
28 松本
J3
サンアル
(松本市)
20,336 8,489 161,300 276
image
29 甲府
J2
JITス
(甲府市)
15,853 8,274 157,211 338
image
30 大宮
J3
NACK
さいたま市
15,491 7,472 141,974 270
image
31 横浜FC
J2
ニッパツ
(横浜市)
15,442 6,963 132,294 524
image
32 鹿児島
J2
白波スタ
(鹿児島市)
12,606 6,596 125,324 79
image
33 栃木
J2
カンセキ
(宇都宮市)
24,670 6,238 118,529 154
image
34 熊本
J2
えがおS
(熊本市)
30,275 6,177 117,356 155
image
35 山口
J2
みらスタ
(山口市)
15,115 6,089 115,696 125
image
36 徳島
J2
鳴門大塚
(鳴門市)
17,924 6,054 115,031 170
image
37 金沢
J3
ゴースタ
(金沢市)
10,728 5,435 103,256 80
image
38 愛媛
J2
ニンスタ
(松山市)
20,919 4,721 89,700 58
image
39 岐阜
J3
長良川
(岐阜市)
16,310 4,684 88,991 90
image
40 北九州
J3
ミクスタ
(北九州市)
15,300 4,649 88,339 83
image
41 水戸
J2
Ksスタ
(水戸市)
10,152 4,406 83,717 109
image
42 いわき
J2
ハワスタ
(いわき市)
5,048 4,290 81,516 90
image
43 藤枝
J2
藤枝サ
(藤枝市)
10,057 4,274 81,210 102
image
44 長野
J3
長野U
(長野市)
15,515 4,158 79,010 69
image
45 秋田
J2
ソユスタ
(秋田市)
18,560 4,128 78,426 48
image
46 富山
J3
富山
(富山市)
18,588 4,092 77,742 54
image
47 群馬
J2
正田スタ
(前橋市)
15,190 3,988 75,775 116
image
48 今治
J3
里山S
(今治市)
5,316 3,786 71,930 78
image
49 琉球
J3
タピスタ
(沖縄市)
10,189 3,007 57,136 34
image
50 相模原
J3
ギオンス
(相模原市)
6,259 2,820 53,574 45
image
51 沼津
J3
愛鷹
(沼津市)
5,104 2,633 50,027 32
image
52 FC大阪
J3
花園
(東大阪市)
26,443 2,470 46,931 16
image
53 鳥取
J3
Axis
(鳥取市)
11,999 2,434 46,245 39
image
54 讃岐
J3
ピカスタ
(丸亀市)
22,338 1,949 37,026 35
image
55 奈良
J3
ロートF
(奈良市)
5,369 1,879 35,703 38
image
56 福島
J3
とうスタ
(福島市)
5,710 1,800 34,198 19
image
57 八戸
J3
プラスタ
(八戸市)
5,124 1,728 32,832 13
image
58 YS横浜
J3
ニッパツ
(横浜市)
15,442 1,362 25,874 21
image
59 岩手
J3
いわスタ
(盛岡市)
5,046 1,362 25,874 21
image
60 宮崎
J3
いちご
(新富町)
5,360 1,165 22,129 22
image

ユニフォーム

1993年から1996年までは「ミズノ」が全クラブのユニフォーム・サプライヤー(供給メーカー)を一括して受け持っていた。ただ、その契約はリーグ戦のみの契約だったので、天皇杯やJリーグカップなどのカップ戦では各クラブが個別にユニフォームメーカー等と契約して、カップ戦用のユニフォームを着用していた。全面的にミズノと契約したクラブの場合、チームや年度によってリーグ戦と全く同一の場合と、他社契約時と同様にデザインを変えていた場合とがあった。またリーグ戦とカップ戦(チームによってはJリーグカップ・天皇杯など大会ごとにも)でユニフォームスポンサーが異なることもあった他、天皇杯や海外のクラブとの試合などでは、当時変動背番号制だったリーグ戦では存在しなかった17番以上の背番号や、選手名を入れたユニフォームがあった。

1997年にはこれまでの「ミズノ」に加えて、「アンブロ」・「アディダス」・「プーマ」(ヴェルディ川崎は自主制作という形で「ナイキ」)が新たなユニフォーム・サプライヤー(これもリーグ戦限定)として加わり、1998年からは事前にJリーグとユニフォーム・サプライヤー契約を結んでいるユニフォームメーカーなどに限って、各クラブがユニフォームメーカーなどの各社と個別の契約を締結することができるようになった。

3rdユニフォームは横浜FMと名古屋がJリーグでは2001年になって初めて採用したが、現在では多くのクラブが期間限定のユニフォームを3rdユニフォームとして導入している。なお、Jリーグ年間王者のクラブは、金色のJリーグロゴマークをチャンピオンマークとして翌シーズン、ユニフォームの袖にJリーグのロゴに代えて付けなければならないと規定されている。

国内公式戦(リーグ、リーグカップ、天皇杯)では、ユニフォームの前面胸部と、背番号上部、左袖、トランクスにそれぞれスポンサー広告を付けることが認められている。2016年からは背番号下部、2018年からは前面鎖骨部(左側および右側)に関してもスポンサーを付けることが認められたが、これ以前にもFC東京とガンバ大阪が背番号下部のところに広告を入れた事例がある。

2021年シーズンから、視認性の確保(特にカラーユニバーサルデザインの観点から)を目的として、ユニフォームに用いる背番号・選手名表記のフォント及び配色がJリーグ全体で統一された。統一フォントはカールスバーグのビジュアルデザインなどを手がけたデンマークのコントラプンクト社が制作したオリジナルフォントの「J.LEAGUE KICK」(ジェイリーグ・キック)で、フォントで使用可能な色も白・青・赤・黒・黄の5色に指定された。なお、2023年シーズンをもって全チーム統一での使用は終了。2024年シーズンからは各クラブが4年ぶりに独自のフォントを採用するほか、一部チームは引き続き「J.LEAGUE KICK」を使用する。

2025シーズンユニフォーム・サプライヤー

サプライヤー 使用クラブ
J1 J2 J3
アシックス 神戸 今治 -
アディダス 町田 / 横浜FM / 新潟 仙台 松本
アスレタ 東京V 秋田 栃木SC / 沼津 / 高知
アドミラル - 磐田 / 熊本 -
アンダーアーマー - いわき / 大宮 -
アンブロ - - 相模原 / 北九州
ケレメ - - 群馬
ゴル - 藤枝 -
ゴールドウイン - 富山 -
サッカージャンキー - 水戸 鳥取
ジョガボーラ - 愛媛 -
スクアドラ - - 奈良
スフィーダ - - 琉球
ナイキ 鹿島 / 浦和 / 広島 - -
ニューバランス FC東京 鳥栖 -
ヒュンメル G大阪 千葉 八戸 / 福島 / 金沢
ファナティクス - 長崎 -
フィンタ - 山口 -
プーマ 川崎 / 横浜FC / 清水 / 京都 大分 -
ペナルティ 湘南 / 岡山 山形 長野
ボネーラ - - FC大阪
ミズノ 名古屋 / C大阪 札幌 / 甲府 / 徳島 -
ヨネックス 柏 / 福岡 - 宮崎
ラッツォーリ - - 岐阜
ラクスペリア - - 栃木C
(ANGUA) - - 讃岐 / 鹿児島

背番号

1993年から1996年までは試合ごとに付ける番号が違う変動背番号制であったが、1997年からはシーズン開幕前やクラブ加入時点で決定される固定背番号制へと変更された。

2004年には欠番の解禁など規約が一部改定されたことで特定の番号(12が多い)をクラブ公式にサポーターズナンバーとし欠番とするクラブが出てきた。

2018年5月30日、Jリーグの理事会が開催され、シーズン途中の背番号変更が可能となり、同日から適用された。初適用者は当時ヴィッセル神戸の三田啓貴で、8から7へ変更となった。

2023年シーズン現在の主な規約内容は以下の通り。

  • 背番号0は不可。
  • 背番号1はゴールキーパー、背番号2から11まではフィールドプレーヤーが付けなければならない。
  • 背番号12以降は、99まではポジションとは無関係に自由に付けることができる。

なお、2022年シーズンまではユニフォーム要項で「50までは欠番を認める。ただし、51からは連番で番号をつけることとし、欠番は認めない」と定めていた。

なお、変動背番号制であった1996年にはG大阪の今藤幸治がGKの番号である1以外の2から11までの背番号を付けた事がある。

固定背番号導入当初、天皇杯では、Jリーグへの届け出とは別に背番号を登録したため、リーグ戦と異なる背番号を着用した例がある。

公式試合球

Jリーグの試合では、Jリーグの公式ロゴマークが入っているJリーグ公認の試合球(公式試合球)が使用されている。なお、1993年の開幕戦でヘニー・マイヤー(V川崎)が決めたJリーグ第1号ゴールの試合球はJリーグ事務局のチェアマン室に、ガラスケースに入れて保存されている。

製造は全てアディダス、提供は全てモルテン。

年度 公式試合球
1993年 エトルスコ・ユニコ
1994年
クエストラ
1995年
1996年
1997年
1998年 トリコロール
1999年
2000年
2001年 ガマラダ
2002年 フィーバーノヴァ
2003年
2004年 ロテイロ
2005年
2006年 チームガイスト
2007年
2008年 チームガイストII
2009年 テラパス
2010年 ジャブラニ
2011年 スピードセル
2012年 タンゴ12
2013年 カフサ
タンゴ12コトホギ
2014年 ブラズーカ
2015年 コネクト15
2016年 エレホタ
2017年 クラサバ
2018年 テルスター18
2019年 コネクト19
2020年 ツバサ
2021年 コネクト21
2022年 コネクト21 → アル・リフラ
2023年 オーシャンズ
コトホギ30
2024年 コネクト24
2025年 コネクト25

ウィキペディア, ウィキ, 本, 書籍, 図書館, 記事, 読む, ダウンロード, 無料, 無料ダウンロード, 携帯電話, スマートフォン, Android, iOS, Apple, PC, ウェブ, コンピュータ, 日本プロサッカーリーグ に関する情報, 日本プロサッカーリーグ とは何ですか? 日本プロサッカーリーグ とはどういう意味ですか?

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