1953年の名古屋ドラゴンズ

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1953年の名古屋ドラゴンズ
成績
セントラル・リーグ3位
70勝57敗3分 勝率.551
本拠地
都市 愛知県名古屋市
球場 中日スタヂアム
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球団組織
オーナー 小山龍三
経営母体 名古屋鉄道中日新聞社との輪番制)
監督 坪内道典
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1953年の名古屋ドラゴンズでは、1953年の名古屋ドラゴンズの動向をまとめる。

この年の名古屋ドラゴンズは、坪内道典監督の2年目のシーズンである。

概要

]
名古屋ドラゴンズの当年及び近年のシーズン成績
最終成績

試合











O
P
S




監督
1953 リーグ3位 3位 130 70 57 3 .551 524 508 .251 66 125 107 410 . 3.24 41 157 坪内道典
1952 リーグ3位 3位 120 75 43 2 .636 569 430 .264 77 150 86 454 . 2.82 51 95 坪内道典
1951 リーグ2位 2位 113 62 48 3 .564 526 523 .272 67 161 92 409 . 3.47 48 185 天知俊一
1950 リーグ2位 2位 137 89 44 4 .669 745 597 .274 144 179 40 460 . 3.73 72 148 天知俊一
1949 リーグ5位 5位 137 66 68 3 .493 628 642 .268 136 111 45 353 . 3.77 73 186 天知俊一
1948 リーグ8位 8位 140 52 83 5 .385 434 535 .232 45 164 70 387 . 2.99 74 227 杉浦清
1947 リーグ2位 2位 119 67 50 2 .573 410 320 .229 41 143 50 433 . 2.03 79 135 杉浦清
1946 リーグ7位 7位 105 42 60 3 .412 480 586 .248 46 132 32 518 . 4.41 48 185 竹内愛一
1945 太平洋戦争の戦況悪化により休止
1944 リーグ4位 4位 35 13 21 1 .382 81 152 .184 7 54 17 140 . 3.10 26 77 三宅大輔
1943 リーグ2位 2位 84 48 29 7 .623 217 172 .198 18 56 55 314 . 1.41 58 123 桝嘉一

この年は1951年から導入された輪番制により名古屋鉄道が運営する年であったが、オーナー職は中日側の小山龍三が続投した。

松竹・大洋との合併によりセ・リーグは結成4年目でようやく6球団へ移行したこの年、チームは前年同様巨人の対抗馬に予想された。開幕後はまずまずの成績を残し、この年のオールスターには辞退した西沢道夫を除き6人の選手を送り込むなど健闘した。しかし、セ・リーグに加盟してもライバル巨人の背中は遠く、チームは70勝57敗3分で2年連続の3位に終わり坪内監督はこの年を最後に辞任した。シーズン終了後、名古屋鉄道が球団の経営から撤退し中日新聞社の単独経営となったことにより、球団の名称を「中日ドラゴンズ」に戻したため、名古屋ドラゴンズを名乗ったのはこの年が最後となった。投手陣は杉下茂が23勝、大島信雄が12勝をそれぞれあげたほか、石川克彦が18勝で最高勝率を獲得するなどの活躍でチーム防御率はリーグ3位を記録。打撃陣は4番の西沢が打率リーグ3位、児玉利一が打率リーグ6位を記録するなどまずまずの成績を残したが、得点が巨人と140点差以上の3位で、2位の阪神にも80点差をつけられた。対戦成績では2位争いを演じた阪神に13勝13敗と五分五分だったが、優勝の巨人には弱く8勝17敗1分で負け越した。

チーム成績

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レギュラーシーズン

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開幕オーダー
1 本多逸郎
2 原田督三
3 西沢道夫
4 杉山悟
5 児玉利一
6 野口明
7 藤野光久
8 牧野茂
9 杉下茂
1953年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 巨人 -- 巨人 -- 巨人 -- 巨人 -- 巨人 -- 巨人 --
2位 名古屋 2.5 名古屋 3.0 名古屋 3.5 名古屋 5.5 名古屋 7.5 大阪 16.0
3位 洋松 4.5 大阪 6.0 大阪 5.5 大阪 8.0 大阪 9.5 名古屋 18.5
4位 大阪 5.0 洋松 11.0 広島 13.5 広島 16.5 広島 18.0 広島 36.0
5位 国鉄 9.0 広島 12.5 洋松 16.0 洋松 17.5 洋松 23.5 洋松 37.5
6位 広島 9.0 国鉄 21.5 国鉄 24.5 国鉄 30.5 国鉄 31.5 国鉄 42.0


1953年セントラル・リーグ成績
順位 球団 勝率
優勝 読売ジャイアンツ 87 37 1 .702 --
2位 大阪タイガース 74 56 0 .569 16.0
3位 名古屋ドラゴンズ 70 57 3 .551 18.5
4位 広島カープ 53 75 2 .414 36.0
5位 大洋松竹ロビンス 52 77 1 .403 37.5
6位 国鉄スワローズ 45 79 1 .363 42.0

オールスターゲーム1953

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ファン投票 野口明 児玉利一 杉山悟 原田徳光
監督推薦 杉下茂 石川克彦 西沢道夫
  • 取り消し線は出場辞退

できごと

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選手・スタッフ

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表彰選手

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リーグ・リーダー
選手名 タイトル 成績 回数
石川克彦 最高勝率 .818 初受賞
ベストナイン
選出なし

出典

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  1. ^ a b “年度別成績 1953年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2017年8月3日閲覧。
  2. ^ ベースボールマガジン2002夏季号, ベースボールマガジン社, (2002), p. 108 
  3. ^ 『日本プロ野球80年史 1934-2014』 【記録編】、ベースボール・マガジン社、2014年12月24日。ISBN 978-4-583-10668-7。 

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